電験3種 合格体験記 〜電験3種受験のきっかけ

今まで何の関わり合いも、興味も無かった電験3種。受験する事になったきっかけと、

そして最後に、迷っていた私の背中を押したものは・・・

 

その日は突然やって来た!

2009年5月14日。
その日は私にとって忘れられない日になりました。

 

 

当時の私の職場は大手電機メーカーの系列工場。

 

 

 

 

その日突然、工場閉鎖の通告がされました。
会社に入って約20年。幾度となく閉鎖の噂はありました。

 

 

でも今までは、しぶとくしぶとく生き残って来たんです。
大きな波に揉まれながら、それでも沈没せずに来たんです。

 

 

でも今回はダメでした。

 

 

私たちの工場の他に、国内のいくつかの工場も
閉鎖の通告がされました。

 

 

 

 

この日従業員は食堂に集められ、
工場のトップから説明がありました。

 

 

泣いている人も沢山いました。

 

 

私たちの工場は、大手電機メーカーの系列とはいえ、
地元に根ざした地元の企業です。

 

 

従業員の大半は地元の人間です。
おらが町のおらが企業、それだけ愛着も有ったのです。

 

 

家族に伝えなくては...

とりあえず、閉鎖通告の事実は受け止めました。

 

 

きっと相当動揺はしていたのだろうけれど、
でもこれは夢では無く、

 

 

事実として受け止めざるを得なかったのです。

 

 

 

 

私には妻と子供がいます。
工場閉鎖は、私一人の問題ではありません。

 

 

その日自宅に戻ってから、妻に告げました。

 

 

大分迷って迷って...躊躇して...
でも勇気を振り絞って告げました。

 

 

妻は突然の知らせにとても驚いていましたが、
特に動揺することもなく、

 

 

いや動揺したのかも知れませんが
そのような素振りは見せず、笑顔でした。

 

 

私は救われた気分になりました。

 

 

さて、これからどうしようか...

工場が閉鎖されるのですから、
ここで働き続けることはできなくなりました。

 

 

私たちにできる選択は、他の工場へ異動するか、やめるかです。

 

 

私はこの地元出身で、しかも数年前に自宅を新築しました。
子供は中学生と小学生ですから、異動を選んだ場合は、
必然的に単身赴任になります。

 

 

小学生の息子は少年野球のリーグに所属しています。
毎週土日、近くの野球場で練習していて、
私はリーグのお手伝いをしていました。

 

 

父親が平日子供と触れ合える時間は、
母親に比べるととても少ないです。

 

 

だから私は、
休日に子供と触れ合える野球の時間を、とても楽しく感じていました。

 

 

単身赴任になったら、それはもうできなくなります。

 

 

子供はあっという間に成長してしまいます。
だから、今のこの時間を大切にしたいのです。

 

 

工場閉鎖は親会社が、
私たちの工場(と従業員)を不要と判断したのです。
この時点でもう親会社への愛着心は無くなりました。

 

 

 

 

この業界、この先の成長はあまり見込めません。
もし異動して残ったところで、またリストラはあるでしょう。

 

 

私にもプライドがあります。

 

 

親会社は私たちに見切りを付けたのでしょうが、
私の方は逆に親会社に見切りを付け、
何の迷いも無く、退職の道を選ぶ事にしました。

 

 

このとき42才。

 

 

世間では再就職は厳しい年齢です。
ましてや田舎町。

 

 

 

 

でもまぁ、どうにかなるかなと思いました。

 

 

 

何も無いことに気づく

私はエンジニアです。
2006年にマネージャー(課長)になりました。

 

 

技術部門のマネージャーではありますが、
業務の大半は管理業務となり、
現場の技術からは離れていました。

 

 

 

 

忙しく目の前の業務に追われる毎日。
将来の姿など考える余裕は全く有りませんでした。
いや、考えようという考えさえ、持ち合わせていませんでした。

 

 

会社にいる内はそれでも別に良かったんです。

 

 

事業計画で立てた目標に向かって、計画通りに実行し、
結果を出せばそれで良かったんです。

 

 

 

 

会社から離れて、ふと思いました。

 

 

再就職に当たって、自分は何を売り込めるのだろう?

 

     

 

会社に入って約20年、エンジニアとしてやっては来ましたが
とりわけ突出した技術を持っている訳ではありません。

 

 

もちろん少なからず自分で勉強したりはしていましたが、
かと言って何か形に残るものは何も無かったのです。

 

 

これと言った資格は何も持っていなかったのです。

 

 

この時私は、
今まで会社という大きな殻に守られていた事に気づきました。

 

 

どうしようか...迷いの日々

転職に当たって何か資格が有る方が有利な事は、
言うまでも無いでしょう。

 

 

私は何か資格を取ろうと思い、
本屋で資格が沢山載っている本を立ち読みしました。

 

 

私は資格マニアではありません。

 

 

転職の為に資格を取るのですから、
誰でも簡単に取れるものでは意味が有りません。

 

 

本屋で立ち読みをする内、
電気主任技術者に目が止まりました。

 

 

私の専攻は電気工学です。

 

 

大学の時に電気主任技術者の事は習ったでしょう。
でもすっかり忘れていました。

 

 

会社という大きな殻に守られていた私は、
そんなことを知らずとも、
今まで何の問題も無く生きて行けたのです。

 

 

毎年5万人程度の人が受験し、合格率は10%程度。
ある程度の規模の企業であれば必要とされる人材

 

 

私はこの資格にとても興味を持ちました。

 

 

早速その本屋で一冊の参考書を購入しました。
電験3種の4科目が一つにまとまっているタイプのものです。

 

 

そして、それを眺める?生活がスタートしました。
この時まだ本格的に勉強は始めていません。

 

 

電気工学科を卒業していたとはいえ、
もう20年もブランクが有ります。

 

 

参考書を眺めていても、
難しそうで今ひとつ決心がつきません。

 

       

 

しばらく迷いの日々が続きます。
この時既に6月上旬。試験日まで3ヶ月となりました。

 

 

決心

私の信条は”やる時はやる、やらない時はやらない”です。

 

 

ダラダラするのが嫌いで、

やるなら、しっかりやる。 
やらないなら、きっぱりやらない。

とメリハリを付けるのです。

 

 

でもこの時の私はダラダラと迷いの日々を過ごしていました。

 

 

電験3種の試験は8月下旬〜9月上旬にかけて、
1年に一度きりです。この年の試験日は9月6日でした。

 

 

転職の為に資格を取るのだから、
もしこれを逃したらきっと1年後にはもうやらないと思います。

 

 

試験日まで3ヶ月というのも微妙なところで、
もし1ヶ月とか2ヶ月だったら、
絶対無理だとあきらめていたでしょう。

 

 

3ヶ月は頑張ればどうにかできそうな微妙な期間です。

 

 

難しい試験ではあるけれど、私だって電気屋のはしくれ、
全く畑違いの事をやるわけでは無いのだから、

 

 

頑張ればどうにかなるんじゃ無いかと、
日増しに思うようになりました。

 

 

最後に背中を押してくれたのは神様でした。

 

 

合格発表の日は10月20日。
奇しくも私の43才の誕生日です。

 

 

誕生日祝いに合格の知らせをくれるつもりなんて、
神様も粋な計らいをするもんですね。

 

 

これは絶対運命なんだと思って、試験の申込をしました。

 

 

申込日は6月11日。
試験日まで3ヶ月を切っていました...。

 

 

 

 

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